続★さだっちょんのドンブラコ岩手生活

横浜から岩手に移住し早○年。カヤック&農作業ほかお外遊びなら、なんでもOK!
 
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ホクレア号&マイス号に出会う旅  ナイスなマイス・クルー What a nice Maisu's crew ! 23:30
Sorry,this site is Japanese only.
Please click 「続きを読む」as below of this topic,if you'd like to see
some photos of Maisu.

さてさて、更新をサボってる間に、ついに・・・ってかいよいよ・・・ってか
ホクレア号&マイス号がハワイ時間の18日朝6:00、日本時間でいうと19日の深夜1時に出航することになったようです!!!
(・・・と思いきや、強風のためまたしても『待った』です)

今ごろクルーやスタッフたちは、どんな気持ちで何をして、このときを待っているのでしょうか。
寝てるかな。(海の上では睡眠時間もろくに取れないでしょうから)
それとも最後まで、なんだりかんだり準備してるかな・・・
そんなことを思うとアタシまで眠れずにいます。

それで、彼らへの思いを込めて、アタシも今宵がんばって
アタシとマイス号のお話を書こうと思います。

マイス号っていうのは、前回も書いたように日本ではあまり知られてないし、実際日本にも来ません。
でもね、「目的が定まればフネは着く」とナイノア・トンプソンは言っているけれど、
今回、二つのフネの航海の「目的」という意味では、ホクレア号よりもマイス号のほうが
明らかであり、たくさんの環太平洋アイランダーの思いが込められていると思うんです。

つまり、マイス号はカヌー・ルネッサンスの父親・・・彼がいなければ今のホクレアはなかったであろうミクロネシアのマウ・ビアイルクに、これまでの感謝の気持ちを込めて贈られるフネなのです。

この目的のために長い年月をかけて、ハワイ島カワイハエで建造されてきたマイス号。

アタシがカワイハエでそんなマイス号を探し当てたとき・・・
田舎のせいか尋ねる人みんなが知っていたために、ホクレアよりはずっとカンタンに見つけられたけど・・・

マイス号は、なななななななななななんと!!

あろうことか、まだ完成してませんでした!!!
6日出航と聞いてきた、4日の出来事です。

ホクレアのときより、桟橋にも船上にも人がいて何やら忙しそうに作業中。
やっぱり「写真を撮っていいですか?」から始まり
「そんじゃ、乗りなさい」ってな展開には、少しは慣れたつもりでしたが
それにしたって、広いデッキの上がホクレアとは何かが違う・・・

つまり長期航海用らしきコンテナなどはまったく見当たらず、その代わり
目についたのは掃除機やら工具類やら・・・。
そう。船上のクルーたちが、そのとき何をしてたかっていえば・・・
つまり、その・・・ノコギリを使ったりヤスリをかけたりしておったわけです。
陽気な歌など歌いながら・・・

しかも、持参したターザン誌。あれほどみんなが盛り上がるとは!!!
ページをめくるたんびに
「あー!これは誰それ!」
「マッカリーー!ヒューヒュー!!」
「これは誰それのおじいちゃんで、こっちが誰それの・・・」
ってな具合。みんな家族みたいでした。
(マカリイというのは、マイスよりも前につくられたフネで、多分、みんなマカリイ号建造に関わった仲間達みたいでした)

ケアカという、スタイル抜群のたくましい女の子が、マカリイのページにちっちゃく後姿が写ってたんだけど、なんと彼女、雑誌当時と同じタンクトップを着てたんです!
「3年もずーっと同じもん着てんのか〜!」
なんて、みんなにからかわれてたりして。。。笑

スタッフは、ナイノアのイメージとは違ってみんな若く・・・多分20代がほとんど・・・
しかも、ハワイ島、ミクロネシア(マウのお孫さんなど)、それにかつてホクレアが航海したアオテアロア(ニュージーランド)から来たメンバーもいました。
生まれも育ちも違う太平洋アイランダーが、コミュニケーションには多少不足があるかもしれないにせよ、一緒になって一つのフネを仕上げている・・・
それこそが、これまでホクレアが成し遂げてきた伝統航海の成果なんだな〜と
しみじみ実感してしまいました。

とにかく若いクルーは手を休めませんでしたが、ミクロネシアのベティアンばあちゃんが、ホクレア同様、見ず知らずのアタシごときを、子供のようにとてもよくしてくれて
クルーを集め和やかに記念写真など撮らせていただき、感動のうちにその場を去ったのであります。

だけど・・・宿に戻った後、なんとなくひっかかるものがありました。
そう、つまり・・・マイス号はいつ完成するの?出航はいつなの・・・?ってこと。

そもそも、出航を見に来たのに出航しないフネ。
いつ出航するかわからないにしろ、少なくとも、ソレはアタシの短いハワイ島滞在期間中、そこにいつづけ、作業はゆっくりと・・・でも着実に進められる。

で、アタシはどうすべきか・・・
やっぱり、何の力にもなれないにしろ、何かは手伝えるかもしれない・・・かも?
いや、そんなん、ただの足でまといだよな・・・なんの技術もなけりゃ大体コトバもろくに通じないんだから。

とまあ、そんなかんぢで恒例のチキンさだが登場して、気持ちがかなり揺らぎましたけれど、
そんでも、ま、こんな現場に立ち会えるなんて二度とないこと。
何よりハワイ、ミクロネシア、アオテアロアの若者達の姿が、
アタシの行動の決め手となりました。

みんな長年、なんの利益も求めず、ただそのフネの完成だけのために、
がんばってきたってのに、彼らと同じパシフィック・アイランダーのヤポネシアン(日本人)だけが、完成間近のフネにヘラヘラとやってきて、乗せてもらって写真撮ってオワリなんて、あまりにもお粗末。

何ができるかわからないけれど、やっぱり、とにかくもう1日行くだけ行ってみよう!
ってなかんぢで、もう一度押しかけてみたってなわけです。

果物なんぞの入ったスーパーバッグ片手に、
「あの・・・もっかして、アタシとかでも、なんかできることあるかな〜と思って、
来てみたんすけど・・・いや、ホントあれば・・・っすけど・・・」
ヤポネシアン特有のオズオズモード全開のアタシ。

それなのに、ベティアンおばちゃんてば、
「あら〜、また来たの。ほら、乗って!」

って、そのフレンドリーさは、ホントにどこから来るのでしょうか。

忙しい若者チームも
「ヘイ!カヤッカー!」
なぁんて声をかけてくれたりして

いや、そりゃ、この前は「I'm a kayaker」なんて自己紹介しちゃったけど、
実は、そんなカヤックうまくないんっす。ヘナチョコなんっす・・・
なんて言い訳できるような高度な英会話能力は持ち合わせてもおらず、
ただ単純に覚えててもらったことが嬉しくて、そのまま、わけもわからず、
イキオイでお手伝いモードに突入。


いやーしっかしねー・・・デッキの上は暑かった!!
掃除やらヤスリかけやら天幕張りやらをお手伝いさせてもらったんだけど、
ホントちょっと動くと、もうとっても暑くて水分補給は欠かせないし、
チキンさだは誰より早く日景に入りたい!ぐらいのイキオイ。
それは、みんなもおんなじで、ちょっと働いては休み、休んでは
ちょっと働く・・・の繰り返し。

しかもフネの上の日よけといったら、ブルーシート1枚分ぐらいのシートだけ。
そのシートがつくる日景っつったって、太陽の向きによってシートそのものの大きさとは違ってくるし、10人以上のクルーなんて、とても全員は入れないのです。

アタシにもっとも気を遣ってくれたケアカも、その日は日差しのせいで頭が痛いと
嘆いておりました。

強敵は日差しだけではありません。
停留中とはいえ、沖の強風が防波堤内にも波をもってきていて
船上は、かなりの揺れっぷり。
これは水面に近く容積も少ないカヤックとは、つくづくえらい違いだったな〜〜
こんなんで外洋に出た日にゃ、いったいどうなっちまうのかしら。

そんなかんぢで、どう見ても快適とは言いがたいデッキ、
すぐにぬるくなる海水のバケツにスポンジをつっこみ、床をひたすら磨きながら、
「わざわざハワイまで来て、アタシって一体なにやってんだろ?」
とかは・・・・もちろん思いました。笑

多分クルーたちも、「このヤポネシアンてば、言葉もよくわかんねのに、何やってんだろ」
と思ってたと思います。

でもね・・・やっぱり、やってよかったな。
単なる自己満足かもしれないけど、でも、やっぱりそう思います。

マイス号のあそこの部分にヤスリをかけたのは、なんてったって、さだざえもんで
そのフネが、・・・ホントあのときは、とても完成するとは思えなかった、
あのマイス号が、ななななななんと今から約1.5時間後、いよいよホクレアとともにカワイハエを旅立ち、予定では22日間ほどかけてマウのいるミクロネシアの島々を目指すんですもの。

これから22日間前後、彼らに見えるのは、ほとんどただ海と空だけ・・・
彼らの位置と進むべき方角を示してくれるのは、彼らを360度取り巻く
星や太陽や雲や波や鳥だけ。

どんなにオソロシイことでしょう・・・
どんなにチッポケに感じることでしょう・・・

でもね、クルーたちのたくましい勇気が、きっと正しい道を切り開いてくれると信じてます。

「ねーねー、ぶっちゃけこわくないの?」っていうアタシの問いに
ケアカは、迷わず、こう言ってました。

「ぜーーーんぜん!考えただけでも超エキサイティングよ!出航が待ち遠しいわ!」
・・・ってね。

Click here ↓ if you'd like to see some photos of Maisu
*写真はポリネシアン・ボヤジング・ソサイエティ(PVS)の許可を得て掲載しております。無断転用はご遠慮ください。pleas don't use these photos without any permissions,especially for commercial purposes.

maisu1

マイス号全貌。黄色が鮮やかです!


maisu2

ホクレアと書体も違いますね。キレイだな〜


maisu3

デッキの上は、なにやらたくさん人が・・・
忙しいのかそうでないのか、よくわかりません。


maisu4

いざ乗せてもらうと、めちゃくちゃ作業中でした。
みんなでマストを支える台にヤスリをかけています。



maisu5

船首のほうでも、なにやら作業中。
この後、なぜか1名落水。


maisu6

ターザン誌に、みんな興味津々。
超盛り上がってました。


maisu7
猛暑の中、必死こいてヤスリをかけるアタシの姿をベティアンおばちゃんが
撮ってくれました。
黄色い船体の内側は、いろいろモノを入れられる荷室になってるんですが、その底の部分です。
アタシがヤスッたのは、左の先端。
それと左の3つ目の荷室のお掃除をしました。
ちなみに、これらの荷室に蓋をして、クルーはその上で睡眠を取ります。


maisu8
コレは、船体内部に波が入ってくるのを防ぐための大きなキャンバス地をはっているところ。
すごく重いし、途中でたるんでは困るのでキチキチ!
船首のほうから通していきます。(船首方向から撮影してるんだけど、わかるかしら)
みんなで縦一列に並び「pull!」の号令とともに、少しずつ少しずつ引っ張ってはりました。
ちなみに、ホクレアはオアフからハワイ島までの道中、波にもまれてコレが破けたんじゃないかと思われます。相当荒れ模様で、ツライ航海だったようです。
この航海に、なんと日本の荒木汰久治さんが乗っていました。臨場感のある日記を公開しておられますので、ぜひ。



maisu9

底抜けに勇敢で、底抜けに明るいクルーたちと記念撮影。
PVS(ポリネシアン航海協会)のフォトギャラリーにも掲載されました。

しっかし、つけられていた写真のタイトル・・・「Maisu Gang」!?
・・・・こ、光栄です。汗




というわけで、とにかくホクレア号&マイス号の無事の航海をみんなで祈りましょ〜〜!
| ホクレア | comments(4) | trackbacks(0) | posted by さだっちょん
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Comment








グッジョーブ! でした。
あの場の雰囲気やら、けだるさやら、匂いまでも蘇ってきました。
まだまだ出航しないなら、今すぐ飛んで行きたいカワイハエ!
であります。
posted by west2723 | 2007/01/19 9:56 AM |
個人的に不思議なのは、何故あの過激な日差しの下で上半身裸で作業出来るのかってことなんですが・・・・。
posted by かとう | 2007/01/19 10:40 AM |
「何ができるかわからないけれど、やっぱり、とにかくもう1日行くだけ行ってみよう!」
それなんですよ。それ!それを誰かの口から聞きたかったけどやっとそんな人が現れました。何もしてない僕がいうのもなんですが有難う!
であります。
posted by tornos | 2007/01/19 10:57 AM |
westさん>ホントに飛んで行きたいですね〜!
アタシも書きながら、あの雰囲気が懐かしくなりました。
今晩こそ、どうなるかな?

かとうさん>確かに!!みんな皮膚が強いのかしら・・・

tornosさん>すんません。恐縮でございます。
いやはや、ホント行き当たりばったりプレーのうえ
ほんのポッチリ、お遊び程度しかやってないんっすけど、そんでも
楽しみにしてる皆様のために恥を承知で公開してみた次第です。
できることが、そんぐらいしかない・・・冷汗
posted by sada | 2007/01/19 9:07 PM |
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