続★さだっちょんのドンブラコ岩手生活

横浜から岩手に移住し早○年。カヤック&農作業ほかお外遊びなら、なんでもOK!
 
| CALENDAR | RECOMMEND | ENTRY | COMMENT | TRACKBACK | CATEGORY | ARCHIVE | LINK | PROFILE | OTHERS |
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | - | - | posted by スポンサードリンク
北と西の若者からのメッセージ〜6ラプ&WATERMAN FOR PEACE〜 22:19
あ〜あ。何がお師匠様の『夏休み』だよ。

紅葉はおろか・・・初雪ふってるよ・・・・!!!

自分で時折さだブロのぞいてみては
「あれまぁ、今日も更新されてないねぇぇぇ」
って・・・そりゃあんたの仕事だろ!っちゅーの!!!!
もしも勝手に更新されてたら、それは今の私には何よりも嬉しいことだろうにさっ。

ってことで・・・・

08dakkoku208dakkoku1
 

脱穀もようやく終わってひと段落。
そうね〜何を書こうかね〜〜・・・・

おお、そーだ。熱血な若者たちから、ご案内がありました!!
続きを読む >>
| 社会 | comments(3) | trackbacks(0) | posted by さだっちょん
活断層について学んだのであった。 22:16
えーと、まずもってたくさんの皆々様、このたびの宮城・岩手内陸地震で
たくさんのお見舞いメッセージをいただき、ホントにありがとうございました。

幸い、私の生息地は被害の大きいところより北東にありまして、
かなりの揺れではあったものの、ほとんど被害はございませんでした。
毎晩未だに余震は続いており、具合が悪くなる友人などもいるなど
油断は許されない状況ですが、
どうもワタクシの場合は、どこまでも神経が図太く
相変わらず「なるようにしかならない」精神が旺盛なようで
まるで、ゆりかごのごとく熟睡しております。
それに、地震のおかげで近頃疎遠になっていた遠方のお友達ともヒサシブリにお話しできたりして、不謹慎なことは十分承知ながら、まだまだアタシも捨てたもんじゃないのかなぁなどと、密かに少し嬉しかったです。どうもスミマセン。

とはいえ、まだまだ油断はならない状況。
すでにニュース等で皆様ご存知かとは思いますが、
車で1時間ほどの地域では、震源が山あいだったために
人災こそ少なかったものの、ライフラインの復旧や大規模な土砂崩れによる
二次災害の可能性など、未だ不安定な生活を強いられてる方々も多くいらっしゃいます。
日本赤十字社で義援金を受け付けておりますので、ぜひご協力お願いいたします。http://www.jrc.or.jp/sanka/help/news/1506.html

ほいでもって、読者からツッコミが入るほど、心地よい「必殺★さだブロ放置プレー」を
敢行しておった間、何をしてたかと申しますと・・・
続きを読む >>
| 社会 | comments(0) | trackbacks(1) | posted by さだっちょん
「大いなる陰謀」と「大いなるおせっかい」 22:42
ひょぇぇぇぇ、びっくり。
あんまり観た映画の感想なんかは書くタチでもないし、
人のブログを見て回る趣味もないけれど、

oinaruinbo
アタシの周りで超話題の
映画「大いなる陰謀」(北上・盛岡で上映中)の感想でも
書いてみるかと思ってググッてみたら、
いやはや感想の出ること出ること・・・・



世の中、そーゆーもんなのねぇぇぇ。



続きを読む >>
| 社会 | comments(3) | trackbacks(0) | posted by さだっちょん
もう一人のさだっちに会いに  リメンバー・ヒロシマ 20:58
というわけで無事生還。
どのぐらいの人が8.6にニュースとか見たかはわからないけど、
今回の遠征は、ヒロシマ。

遊びではないのであるですよ。
ヒロシマといえば、高校の修学旅行で行って以来だけど
今回は職場の組合経由で「被曝62周年原水爆禁止世界大会」なるものに行かせてもらえたのです。なんだか仰々しい名前で、ちとばかり腰ひけましたけれど・・・汗

hirosima1広島の平和記念公園で有名な「原爆の子の像」のモデルは、2歳で被爆した佐々木禎子(さだこ)ちゃん。約10年後、小学校6年生のときに放射能の晩発性障害の象徴、白血病を発病し、折鶴を折れば病気が治ってまた学校へ行けると信じて病室でひたすら折鶴を折り続けながら亡くなったというお話は、アタシなんかに言われるまでもなく皆さんご存知かと思うけど、アタシとしては、高校生当時、読みは違えど(アタシの本名は「さだ」じゃないからね〜!)同じ漢字なことがどっちかといえば恥ずかしいっていうか、やだな〜ってかんぢで、友達とかにもなるべく気づかれないようにしたかったし、ま、ぶっちゃけそれほど気にも止めていなかった。


だけど・・・・今は違う。
彼女が亡くなった原因である放射能がヒロシマと地続きの場所から膨大に放たれ、長崎原爆の原料であるプルトニウムが同じ日本国内にたまりつづけてる今
アタシは彼女と同じ名前であることが、とても、なんというか心に・・・・ささってる。
とてもじゃないけど他人ごととは思えない。
だから、今回、ホントにこのような機会をいただけてよかった。

hirosima24日に参加した「核兵器廃絶2007平和ヒロシマ大会」では、誰かえらい人が
「今は『ノーモア・ヒロシマ』というより『リメンバー・ヒロシマ』と思って欲しい」
って発言してた。
ヒロシマ・ナガサキは絶対に風化しないし、させてはいけないんだっていうヒロシマ・スピリット。
日本人&日本に住む人は、どこにいたって何をしてたって8月にはやっぱり過去にホントーにあった出来事のことを、ほんの少しでも思い返したり、関連のある本とか読んで学んだりする時間を設けてほしいと素直に思ってしまいました。


hirosima3
ほいでもって、テレビとかでも有名な6日の広島市原爆死没者慰霊式&平和記念式は、
ものすごい人混みでものすごい遠くからの参列だったけど、ホントーに感動しちゃった。
何にもっとも感動したかっていうと、禎子ちゃんが亡くなったのと同じ歳の広島市の小学校6年生二人による「平和への誓い」と
秋葉忠利広島市長の「平和宣言」だ。



内容もとてもすばらしかったし、何より胸をはって堂々と(・・・って見えてないので想像ですけど)、
遠くにいるアタシにもハッキリゆっくり一語一語ちゃんと聞き取れるようにお話してくれた。
その後、初めて参列した安倍総理もスピーチして、「憲法の規定遵守と国際平和の希求、非核三原則の堅持」を約束したけれど、たいへん申し訳ないけど、なんかゴニョゴニョ読み上げるかんぢで、ひじょうに聞き取りづらかった。

ま、それはともかく、6日朝の中国新聞は号外を出して、平和宣言や平和への誓いの全文と、総理の発言要旨を掲載した。こんなの、全国紙で出してくれればいいのに。

それで、人の文章を掲載するのは、さだブロ流ではないし、
人それぞれいろいろな考えがあると思うけれど、
とにもかくにも、やっぱり、ちょっとでも62年前の8月に起きた事実を考えてもらいたいし、
日本語の読める人にはぜひ読んでもらいたいと思うので、
自分が再度噛み締める意味で、あえて転載してみます。

秋葉ヒロシマ市長の平和宣言2007
6年生二人による「平和への誓い」は、↓コチラ。
続きを読む >>
| 社会 | comments(4) | trackbacks(0) | posted by さだっちょん
| 1/1 |