続★さだっちょんのドンブラコ岩手生活

横浜から岩手に移住し早○年。カヤック&農作業ほかお外遊びなら、なんでもOK!
 
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三度目の正直 荒れる知床 23:44
99sire2 
2年前、初めてベタ凪の知床を漕がせてもらったとき、
雑誌に、こう寄稿した。
「いつか、激しく吹き荒れる知床も回ってみたい」

3回目の今年、アタシのマゾな願望はようやく叶えられることとなった。。。


は〜良かった。無事、社会復帰できて・・・笑
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| 知床シーカヤック | comments(3) | trackbacks(0) | posted by さだっちょん
2回目の知床が教えてくれたこと その◆‘以たち 21:05
前回にも増してヒグマと遭遇する機会の多い知床でした。

ヒグマが岸辺にいると、新谷さんは大きな声を出さないように
そしてバウ(カヤックの先端)をヒグマに向けないようにみんなに指示を出し
30数艇が静かに静かにヒグマの前を通り過ぎていきました。
ヒグマたちは我らに特別驚くわけでもなく、別にどうでもいいような風でした。

キャンプ4日目、新谷さんはヒグマがうろついてるゴロタ浜の、
川をはさんで、ほぼ地続きの浜に上陸しました。
みんなが無事上陸しヒグマが山に帰るまで、新谷さんはヒグマのほうに向って
仁王立ちしてました。

「今日は俺達がココを借りたいから、アッチで過ごしてくれないか?
 それがお互いのためだと思うんだけど・・・どうだい?」
「ちぇ、そうかい。しょうがないな〜。わかったよ」
二人はまるで会話しているようでした。

翌朝、前日と反対側の、トイレ用タープを設置している向こう側にもヒグマが現れました。
また、新谷さんはトイレタープの向こう側に行って同じことをしました。

そのヒグマとも、どうやら交渉が成立したらしく
彼は山へ引き上げていきました。
ヒグマの姿が見えなくなっても、しばらく新谷さんはそこにじっとしていて
最後に、爆竹を一発だけならして戻ってきました。

ジョン・ダウドさんは、最後の講演会でこのときの新谷さんの行動は正しかったと
言って、7匹のオオカミの話をしてくれました。

ジョンの住む島には7匹の野生のオオカミが住んでいました。
ある島の住民は、このオオカミたちに餌を与えていました。
オオカミたちは、ニンゲンは餌をくれるものだと思うようになりました。

その島には、カヤックやキャンプを楽しむ人たちがよくやってきます。
ある日、キャンプをするためにビーチにあがったお客さんたちがいました。
オオカミたちは、彼らも餌をくれるのではないかと思って近づいていきました。

彼らはオオカミが怖かったので、食べ物を持って遠くへ歩きだしました。
オオカミたちは彼らについていきます。
彼らは、どんどん足を速めました。
オオカミたちも足を速めます。
彼らは、とうとう走り出しました。
オオカミたちも走りだしました。
彼らは怖くなって、持っていた食べ物を放り出しながら走りました。

こうしてオオカミたちは、ニンゲンを追いかければ食べ物がもらえることを
学び、それ以降ニンゲンを襲うことを覚えました。

ニンゲンを襲うことを覚えたオオカミたちは、次々射殺され
とうとう1匹だけのオオカミだけが残りました。

この孤独なオオカミは、よくジョンの家の周りに来るようになりました。
オオカミが来ると、ジョンは、彼に直接あたらないように銃を撃つようにしていました。
彼を殺したくなかったし、彼にもう一度ニンゲンに近づいてはロクなことがおきないのだ
ということを、教えたかったのでしょう。

ある朝


ジョンの飼っていたワンコが、そのオオカミに殺されていました。


アタシの生息地岩手に住むツキノワグマたち。
時に林檎畑やデントコーン畑を荒らし、時に民家やニンゲンを襲ってしまう
ツキノワグマたち。
ニンゲンのテリトリーになってしまった場所に現れ、テリトリーを荒らしてしまったり
人を襲ってしまうと、あの手この手で殺されます。 
岩手では、いたってフツーの出来事です。



どれもこれも・・・・
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| 知床シーカヤック | comments(4) | trackbacks(0) | posted by さだっちょん
2回目の知床が教えてくれたこと その 16:03
知床ってさぁ〜・・・・・・・・

iouzan

ホンッットに一言で語るのが難しいとこだと思うんですよね。

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| 知床シーカヤック | comments(8) | trackbacks(0) | posted by さだっちょん
おはやうござります 07:22
ちょっと初めてケータイから更新してみる。
なんかハイテクな気分だわ〜

そんなわけで現在羽田空港にてモーニングビア中。

ただいまから知床行ってきます。遊びじゃないのよ、パネラーなのよ。
仕事なのよ。

ほいじゃ、しばらくの間ばぁ〜い!


老父母へ…もう返す言葉もございません。
なに?それはこっちのセリフだって?

はい、そのとーりですね。なはははは。

さだ的教訓:困ったときこそ、笑ってごまかそう。(若かりし頃の父の背中より)
| 知床シーカヤック | comments(4) | trackbacks(0) | posted by さだっちょん
洲澤育範さんから貴重なコメントをいただきました! 20:05
バイダルカのエントリーにあたり、表現に間違いのないよう
製作者ご本人であるインディアン・カヌークラフト松原さんと、同じくバイダルカ復元を手がけるエル・コヨーテ洲澤さんご両人にご連絡さしあげたところ、洲澤さんから
「ブログにコメントしようと思ったけど、長くなっちゃったのでメールにしました。よかったら掲載してください」
という説明のもと、たいへん貴重なレポートをいただきました。

 suzawasan

カヤックと人の歴史について奥深いものを考えさせられます。
ぜひ、↓読んでみてください!

「知床シーカヤックシンポジウムによせて」
by洲澤育範
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| 知床シーカヤック | comments(0) | trackbacks(0) | posted by さだっちょん
大いなるバイダルカ〜知床シーカヤックシンポジウム第3章〜 23:54
なんつーかこう・・・
オーラを放つフネっちゅうもんを初めて見た。

「バイダルカ」

かつてアリューシャン列島に住むアリュートの祖先が
使っていたカヤックだ。
食べるため、着るため、暖をとるため・・・
生きていくうえで彼らにとって海獣はなくてはならないものだったし、
その狩猟のための手漕ぎ舟もまたアザラシの皮や骨、流木などでつくられていた。

ロシアからの移住者が増え、それとともに持ち込まれた病気によってアリュートの人口は
激減し、バイダルカの伝統は途絶えてしまったのだけれど、
なぜかこの日本でそれを再現している人がいる。
山口のエル・コヨーテ主宰洲澤育範さんと富良野のインディアン・カヌークラフト主宰
松原秀尚さん


今回の知床に、同じ道内である松原さんが自作のバイダルカ2艇を持ち込んでいた。
シングル(一人乗り)とタンデム(二人乗り)それぞれ1艇ずつ。

スタート地点に、展示場ばりにずらりと並べられたカヤックの中で、
バイダルカが静かに運びこまれたとき、みんな自然と道を明けた。
それぐらい異彩を放っていたのだ。
もう、色といい形といい美しすぎて、近寄るのもおそるおそる、触るなんて
もってのほかってなぐらい。

それぐらい精巧なつくりだった。
およそ3ヶ月ほどかけてつくられたというバイダルカのフレームは
おびただしい数の道内産蝦夷松が縦横にびっしり。
一つ一つ手作業で丁寧に編み上げられている。
このフレームの骨組みも、海獣の骨格から学んだという説があるそうだ。

そして、かつて海獣の皮が使われてた部分は、寸分のたるみなく貼られたキャンパス地。そいつに植物系オイルと蜜蝋をしみ込ませて浸水を防ぐ加工を施してある。

もう・・・なんといっていいかわからないほどの存在感。
まじでコレ海に浮かべちゃうわけ?めっそうもない!!
いや、これ絶対、博物館に展示しとくべきでしょ!!!

だけど・・・・そいつは、大船団と一緒に知床の海にまったくフツーに漕ぎ出した。
シングルは洲澤さんが、タンデムには制作者の松原さんとスタッフの新井場さんが
乗っている。
3人が、なんか、なんともいえず崇高な先住民族に見え・・・
それでいて、なんだかすごく自然に馴染んでいる。
そう、吸い込まれそうなほど雄大な知床に、すんごくよく似合うのだ。

バイダルカのいろんなお話を聞いたり、恐る恐る触らせてもらったりするのは
それだけで、とても刺激的だった。
州澤さんのお話では、アリュートは単独で海に出ることはなく、いつも集団で行動していたのだそうだ。
まさに、今のアタシたちみたい。

みんなが乗ってるFRPやポリ艇に比べて、とても重いバイダルカ。
上陸や出艇のとき、自然とみんなが駆け寄ってサポートするのが日課になっていた。
アタシ自身そのサポート隊に混ざるときは、なんだかよくわかんないけど、
とっても誇らしかったし、バイダルカがみんなを呼び寄せて自然と集団行動を
とらせているようにも思えた。

松原さんは「せっかくの機会だから、みんなに乗ってみてほしい」とやさしい笑顔で
何度も言うのだが、恐れ多くて、そんなのできるわけない・・・

と最初の3日間ぐらいは、そんなふうに過ごしてきたけど、海も落ち着いているようだし
これを逃したら、こんな機会は二度とないかも。。。

そんな思いが、どーにもこーにもムクムクとこみ上げてきてしまって、
ある晩ダメモトで思い切って打ち明けてみた。
「あのー・・・アタシとかでも乗ってみてもいいんでしょうか?
 上陸した後とか、ホントあの・・・ちょっとだけでいいんですけど」

言葉にしてみた途端には、
「あーーーー。なんてアタシってワガママなのーーーー。」
と、後悔が駆け巡ったけれど、洲澤さんや松原さんは、イヤな顔一つせずに
艇チェンジの交渉をしてくださって、翌日・・・な、なんと落合湾からタコ岩まで
のぶちゃんとアタシのレディースバイダルカチームが誕生したのです!

とても重厚感のあるバイダルカのコックピットは、見た目どおり深く幅も広いので
スノコを敷いた上にさらに痛くないよう&漕ぎやすいように
使わないPFDを座布団代わりに敷いて、いざズームイン!

いつものように、みんなが出艇を手伝って、そーっと海へと押し出してくれる。

フワーーーー

うわっ。なんですか、この・・・なんちゅーかシットリ感は!!
そう・・・なんかこうシットリしてる。
っていうのは、別に水がしみ込んでくるとか、そーゆーシットリじゃなくって、
なんか、やさしいかんぢなのだ。
実際には、キャンパス地はぴんぴんに張られてるから、やわらかいはずはないんだけど、
でも、ホーントやわらかくって包み込まれるようなかんぢ。
こんなにボリュームがでかくて、ラダーもついてないタンデム艇は初めて。
おまけにアリュートパドルも初めてだっていうのに、どことなく懐かしい安心感。
最初に少しのぶちゃんと練習した後は、海が落ち着いていたのも幸いし、
それほどの不安を感じることもなく、ゆるりゆるりと漕ぎ進むことができた。

蝦夷松と蜜蝋の香り効果もあいまって、気分はすっかり太古のアリュート!

翌日、フツーの艇&パドルに戻ったとき、その冷たさ硬さに驚いたのなんの。
洲澤さんが「バイダルカには関節があるんだよ」っておっしゃっていたのが
なんとなーーーくだけど、ちょっとだけわかったような気がした。

そしてまた内田さんの言うとおり、アリューシャン列島やポリネシアと同じく
環太平洋の島国であるニッポン。
この国の祖先にとっても、きっとカヌーは大切な存在で昔から乗ってたに違いないって説は、
アタシは前から大好きで信じたいと思ってたけど(だってカヤックに乗るサイコーの言い訳になるんだもん!)
バイダルカに乗ったことで、それはもう、いっそう確証に近くなった。
(あーあー、どんどんマニアックになっていくよ、この人・・・でもホントなの)

そして何より!
後から聞いてビックリ。
バイダルカの船首の装飾は、男性の象徴という説もあるそうで、
つまり古代の狩猟用バイダルカは、女子禁制だったらしい。

キャーーー! 
なんてものすごい体験をさせてもらってしまったのかしら。


大いなる知床に大いなるバイダルカ・・・
アタシはこの体験を一生忘れない。

感謝してもしきれない気持ち、ここに書くことで少しだけだけど
恩返しさせてもらおうと思う。

バイダルカの復興を心から願って!!
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| 知床シーカヤック | comments(2) | trackbacks(0) | posted by さだっちょん
大いなるシリエトク〜知床シーカヤックシンポジウム第2章〜 22:54
相泊・・・羅臼の町から知床岬に向って海岸沿いに伸びる道路の終点、
そこにある小さな番屋が今回の出発地点だった。

北は北海道、南は九州まで40数名の参加者が、その北の果ての番屋に
集結したとき、この知床シーカヤックシンポジウムを主催したカヤック・ガイド、
新谷暁生さんはこういった。

「オレは、ホントに嬉しいよ。みんな、ありがとう」
まだ、ゴールどころか漕ぎ出してもいないのに・・・である。

それほど意味のあることだったのだろう。

この世界自然遺産に登録されたばかりの最果ての地、知床。
世界遺産って・・・いったいなんなんだろ?
なんのための世界遺産なんだろ?
そんな困難極まりない問題を、カヤックって視点からいろいろ考えてみるのが
このシンポジウムの趣旨だった・・・ような気がするけど
アタシは知床から無事に戻った今もなお、その答えが出せずにいる。

知床は、日本で唯一の道路のない海岸線が伸びるエリアだと
海洋ジャーナリストの内田正洋さんは言う。
知床のパンフに象徴されるヒグマやオジロワシ、カラフトマスといった
野生動物がのびのびと暮らしている。

それゆえ人の出入りは厳しく規制される。
当たり前のことだ。
人って、もしかしてこの世で一番弱い生き物かもしれない。
弱さをカバーするために、知能を与えられた。
だから道具がつくれたり火を操れたりする。
そして、人など太刀打ちできないものに興味がわいたりする。
だから「世界自然遺産」なる場所へ行ってみたい。

・・・それがアタシも含めて知床に住んでない人から見たおおよその動機ではないだろうか。

世界遺産指定地域に人の出入りを禁止するのは、たやすいことだ。
それが一番、今の自然の状態が守られる。

だけど、もう一つ忘れちゃいけないことがある。
それは、この最果ての地で自然の猛威と隣り合わせに生活してきた人、
そして、これからもこの地で生活していこうとしてる人たちがいるってことだ。

漁業者は当然のことながら、世界遺産をめぐる観光業もこの地に生きる人に
とっては貴重な収入源になる。
だからウトロ側には、ものすごい数の観光バスと観光船が行き来する。
観光船を出さなければ、観光客は知床を代表する自然の景観や野生動物に
出会うことができない。
「なーんだ、せっかく来たのに、なんもないじゃないの。
パンフにいっぱい載ってる野生動物なんか全然見られないじゃないの」
ってことんなる。

世界遺産登録をめぐって、林野庁、環境省、観光業者、漁業者などそれぞれの立場で
議論が繰り返され、この地でのカヤックはあやうく排除されそうになったけれど
逆風の中で新谷さんはがんばってきた。

北海道ではプレジャーボート(これにカヤックも含まれるらしい)の漁港立ち入りは
禁止だし、浜での焚き火も禁止されている。
そんなカヤックには甚だ不利な状況の中で、新谷さんは他に先がけて
知床を回るカヤッカーのための水路誌をつくった。
カヤックの知床ルールのたたき台とするために。

この水路誌に掲げられていることを守りさえすれば、カヤックはほかの何よりも
知床の自然を傷つけずに、そのすばらしさを身をもって体感できる道具だと思う。

知床の本当のすばらしさは、その厳しさにあると新谷さんは言い切る。
知床半島は、風の半島といわれている。
延々と先端まで延びる知床連峰の唯一の谷間ルシャからは
ものすごい出し風が吹く。
時にはゴメ(カゴメ)や海鵜さえも太刀打ちできず沖へ跳ね返されていってしまう
ほどだそうだ。
風は、カヤックにとっても強敵だ。
波よりも風のほうがオソロシイ。
いともカンタンにパドルの動きをかっさらうし、艇を転がしていく。

新谷さんたちのかつての悪条件での知床エキスペディション体験談を聞くと背筋がぞっとする。

幸か不幸か、この30数艇の大船団による前代未聞の知床カヤッキングでは
この暴風に遭遇することはなかったけれど、とにかくあたしたち全員は、
息を呑む断崖や滝、壊れかけた番屋、おびただしい数のカラフトマスの遡上、
トドや鹿の骨、ヒグマが食い散らかしたマスの無残な姿やヒグマの便、
そしてヒグマ張本人などを目の当たりにしながら漕ぎ続け、毎日どこぞかのゴロタ浜に
キャンプを貼って食事し、排便し、5日間かけて無事半島を回り終えた。

アタシや三陸メンバーは、ふだん三陸を漕ぐとき、ものすごい景色が現れると
「出たーーーー!」と叫んだり奇声を発したりする。
知床でも、最初は同じようにしていた。
けれど、日々目の前に現れる自然景観や野生動物の営み、あまりのスケールの大きさに
圧倒されて、もうホントすみませんってかんぢで、しまいには声を出すのすら忘れてしまった。
エンジンも何も使わない手漕ぎえっちらおっちら移動は、あまりにもチッポケすぎて、黙ってると吸い込まれそうな不安になり、最後にはとにかく、思いつく限りどうでもいい歌ばかり歌いながら漕ぎ進んだ。

毎日の食事は、大きな鉄板の上に流木を集めて焚き火を起して調理し、その後みんなで
暖をとりながら語り、飲み明かした。
トイレに行くときは、女の子同士声をかけあって石を叩いたり、歌を歌いながら
用を足しに行った。
ヒグマに我々の存在を知らせ、お互いが無事に過ごすためのルールだった。

漕いでいる間、10秒ごとに振り返って全体の中の自分の位置を確認することや、
なるべく岸よりギリギリを漕ぐことも、また一つのルールだった。
「ルール」というと堅苦しく感じてしまうけど、こうしてみると
別にたいしたことではない。

この奇妙な集団生活、まるで難民キャンプのようでもあったけれど、年齢も性別も境遇も違う初対面の40数人が、なぜかなんとなく肝心なところでは一つのクラスのように・・・
いや、それ以上にまとまっていたように思う。
ルールさえ守れば、あたしたちはかなり自由で、上陸して着替えたりテントを設営したり自分の身の回りを整えた後、疲れたものは眠り、料理を手伝うものは手伝い、コーヒーを飲みながらお互いの境遇を語り、ヒマなものは何もない浜ならではの原始的な遊びを見つけて子供のように楽しんだ。

信じられないことに、脱落者もケンカもいさかいも、ルールを破るものもいなかった。
厳しい自然の中で生活してること、これを成し遂げるためにはチームワークが必要なことを、無言のうちに新谷さんと知床ザ・ウィルダネスが教えてくれていたのかもしれない。

翌朝キャンプ地を出るとき、どんなに前夜呑んだくれていても、あたしたち40数人は
ルールに従って排泄物以外、ゴミも食べカスも焚き火跡の一つすら残さなかった。

今、知床をカヤックで回る人は年間で100人程度。
知床財団は、これぐらいの人数の排泄物なら自然浄化に耐えうるという見解を示している。

この5日間を通じて、つくづく人間なんちゅーもんは、でっかい自然の中のほんのちっぽけな一部に過ぎないってことをカラダで学んだ。
よくよく考えてみると、そもそも昔の人は、いつもこーした自然の中で暮らしてきたのだ。
知床は、ただ、そんな単純なことを五感で思い出させてくれたに過ぎない。

ウトロのゴールが近づき、近代的なホテルという人工物が見えたとき、なんかとてつもなく悲しくなった。
でも、その一方で、キャンプ中ずっと恋焦がれてたキンキンに冷えたビールにあつあつ温泉は、やっぱりなんともいえずサイコーだった!
 

カヤックって・・・今となっては遊びに過ぎない。
でも、昔ながらの道具のほとんどが近代化して消えうせた今もなお、なぜ少数ながらも
カヤックを漕ぎ続ける人がいるんだろ。

カヤックって・・・弱い人間が本能として忘れちゃいけないすんごく大切なことを教えつづけてくれる、ものすごいモノかもしんない。
己のちっぽけさを知り、到底かなわないものに対して謙虚な気持ちで臨むこと・・・
そんなようなことを教えてくれる場所の一つが知床ならば、アタシは知床でカヤックを続けていく意義が十分あるように思う。

最終日に羅臼町公民館で開かれた知床シーカヤックシンポジウムのパネルディスカッション。
羅臼町役場や知床財団、羅臼ビジターセンター、海洋ジャーナリスト、バイダルカ製作者、首都圏のシーカヤック・ガイドなどがパネリストに並んだ。

多分だけど、自ら水路誌を手がけ、知床に関わる異業種の人ととことん話し合いを重ねてきた新谷さんにとって、40数人のカヤッカーが無事に知床を回りきったうえ、さらに異業種の人たちが同じテーブルについてカヤックについて話し合えたこと、それが最大の成果だったのではないかと思う。

このシンポジウムは、北海道新聞など道内のメディアでも大きく取り上げられた。

これからも知床のカヤックは、いつだって危険と隣り合わせだろう。
だけど、今回の出来事によって、何か大きな前進をしたはずだ。
きっと知床のカヤックは排除されることなく、その可能性を広げていけるに違いないと思う。

カヤックの問題よりも心配なのは・・・むしろ山やほかの観光業ではないだろうか。

今斜里町ウトロを中心に活発になっている観光船ってどうなんだろう。
ものすごい音と排煙と何百人もの排便を一度に大量に撒き散らしながら、1日に何隻も
全速力で半島を駆け巡っていく。

立ち入り禁止のはずの浜に、なぜかRV車が停まり動物たちを撮影しているクルーがいる。

話には聞いていたけど、それはホントのことだった。

知床連峰最高峰の羅臼岳頂上は、シーズンは人口過密で渋滞するそうだ。
頂上手前の羅臼平はすでに巷では「ウン○平」と呼ばれている。
登山口の木下小屋にしかトイレはなく、携帯トイレの使用も義務付けられていない。
だけど・・・急登の末にたどりついた頂上からの景色は限りなく絶景だ。
翌日の筋肉痛はすさまじいものがあったけど、そんでも苦労して登る価値オオアリの
山だと思う。

それなのに・・・肝心のルールがない。

誰のための、なんのための世界自然遺産なんだろ。
その答えは、カンタンじゃない。

シンポジウムを無事終えてアタシたちを空港へ送る頃、
新谷さんは、声が枯れてほとんど出なくなっていた。
エネルギーを費やしきったのだろう。

カヤック以外に、様々な立場で知床に関わる人たちが今後、この世界自然遺産について本気で考え、話し合って、これから知床に関わっていく人も動物も植物も、みんなが快適に過ごせるような、よいルールづくりがちょっとずつでも進んでいってくれればと願うばかりである。

海外なんかでは、フツーにやれてるんだから、ニッポンでもやれるはずだよね。
きっと。



・・・・・・・・・・とまあ、なんだか今日はえらそうなことばっかり言っちゃった
小娘だけど、結局のところ、正直言うとやっぱり・・・

もう一度、風の知床、めちゃくちゃオソロシくて声も出ないような知床を
漕いでみたくてたまらない今日このごろなのである。
(・・・マゾかよ)
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| 知床シーカヤック | comments(7) | trackbacks(1) | posted by さだっちょん
大いなるシリエトク〜知床シーカヤックシンポジウム序章〜 23:35
知床1

というわけで今朝ほど無事大いなるシリエトクより生還いたしました。

・・・・現在、膨大な洗濯モンと写真の整理中。
おまけに、当然のことながらものすごい睡魔。

どこから語ってよいやら、頭の整理もままならぬ状況ゆえ
今宵はこの写真だけで勘弁願います。(向こうに見えるはクナシリ島)


とにもかくにも、知床ウィルダネス7日間をともに乗り切った最高ナイスな40数名30何艇だかのメンバーの皆々様(・・・今考えてもあり得ない数だわ〜〜)
・・・新谷さん、 うっさん(内田正洋さん)新井場さん、ねーねー、ピエール、すざわさんしばたさん
つじいさん松原さんけんさん、なんばちゃん、たけいちゃん、チャック、赤タオル、森山さん、てらしさん、いなちゃん、ゆーかちゃん、きょーこちゃん、のぶちゃん、さかべっち寺山さん、チョイワルA澤田さん、チョイワルB丸山さん、チョイワル引率ミっさん、なおくん、人力くん、沖縄トミー、みどりちゃん、社長さまセキネさん、福岡さん、深沢さん、奥村さん、中村さん、田嶋さん、杉山さん、さかぐっさん、吉形さんご夫妻、白柳さん、番屋北浜石田さんご夫妻アウトドア協会の竹内さん北海道新聞の・・・さん!?、お迎えにきてくださった佐々木さん&森川さん(?)
そして最初から最後まで専属サポートをしてくださったまんさん!!

くーーーーーーーーー全部覚えたはずなのにーーーーーーー!くくくくやぴーーーー
あいまいにしてしまった方ゴメンなさい。
それより何より、これで全員かしら?
(訂正&追加あれば、どなたかコッソリおせーてください&順番に秩序はまったくございませんので、ご了承ください)


とにもかくにも皆々様のおかげで、さだやっこ、ますますパワーアップすることができました。
サイコーマーベラス(←チャック風)な7日間を、ホントにどうもありがとうございまじだ〜〜

詳細は後ほど・・・・ね!
多分だけど。

とりあえず・・・睡眠!!

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| 知床シーカヤック | comments(26) | trackbacks(2) | posted by さだっちょん
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